この三連休は「剣道、小児はり、禅と書道」、痛い思いもしたが、充実した三日間だった
3/19は、午前中に患者の治療をして、おにぎりをぱくついて剣道へ。遠征稽古に名古屋からきた後輩たちと竹刀を交えた。
東大の七徳堂を借りて、みっちり1時間、なかなか今年の学生は強く、気を抜けなかった。その後、近くの居酒屋で懇親会。最近は未成年はアルコールは禁止ということで、下級生はウーロン茶。私たちの頃は新人歓迎会で、酒の洗礼を受けたものだが、時代は変わった。
替わりにという訳ではないが、一人で飲み過ぎて、帰りの電車では改札の出口辺りで転倒、血だらけの様。駅員に介抱されて休んでいきなさいと言われて、二時間ほどまどろんだようだ。家に帰り、翌朝、目をさますと、唇は切れ前歯は痛い、左手首も痛い(骨が弱いとコーレス骨折するくらいの感じ)、膝も痛い、…。
昨年も2月に防具入れのキャスターが不安定で、顔面から転倒して、もっとひどい目にあった。それでキャリーに買い換えたのだが、まだ今ひとつ。今回はもっと良いものをと探して、具合の良い、防具がぴったり入るものに買い替えた。キャリーのせいではないという声も聞こえるが、…。
その通りで、稽古後の酒は美味いし、酔いがよく回る。歳をとったのか、これからは控えめにせねば。
3/20は、大師流小児はりの初級中級講習会のお手伝いに朝から、オリンピック記念青少年総合センターに出かけた。
二日酔いと手足の痛さで手伝うのも一苦労だった。午前中の初級コースは大勢が受講をしていて、講義と基礎トレーニングを受けて、コース終了テストを真剣に受けていた。
午後の中級コースは連休中日のせいか、参加者が少なかった。その為に症例報告では、講習生そっちのけで、スタッフや先生がコメントや自身の治療経験をどんどんぶつけて、ワークショップのような盛り上がりで、非常に勉強になった。
3/21は、午前中に患者の治療をして、おにぎりをぱくついて、「禅と書道」ワークショップに、田町の仏教伝道センターへ出かけた。
禅の講話は、松原泰道老師のお孫さん。第18世龍源寺住職が「囚われない、空、無」について、般若心経や荘子の渾沌を引いて、若々しく話された。最後に椅子坐禅も体験。
書道は、武田双雲。私と同じ高校出身で、書道家として活躍している。いつもの坐禅会の帰りに案内チラシを見つけて、今回は申し込んだのだ。こどもの中学時代の書道具を持って参加したが、実際に筆を持ったのは最後の10分くらいだった。大柄で明るい好青年、話も面白くて、時間があっという間に過ぎた。
理系の大学に進み、大手SIerに就職したが、3年で退職して、3才の頃から習っていた書で身を立てた。子どもの頃から、自分に理解できないこと、疑問は放っておけないタイプで、小学校1年生で1+1=2が同じなのはおかしい(書として直線と曲線が同じはずはない)と先生に食い下がる、…、就職してからも、この会議の意味は何ですかと上司に聞くので「君は出なくて良い」と、…。転職は大正解だったろう、大きな会社では、一見意味の分からない会議というのがやたらとある。
実際に筆をとって、○と田とを参加者に書いてもらい、線の太さ・かすれ・大きさ、一角の入り、次の角とのつながり、などなどから、性格診断を行った。結構、当たっているような、会場は賑やかだった。
最後に、マインドセット(自分の思い、座右の銘みたいな)を1or2文字でみんなに書いてもらった。私は、「全機」と書き、彼から「全てがチャンスという、何があっても、チャンスととらえるという、すばらしい」とコメントをもらった。私の本意とは少し違ったが、これは新しい気づきをもらった。
「全機」という言葉に初めて会ったのは、ロボット博士の森政弘先生の「非まじめ」のすすめで、遡れば、道元の正法眼蔵に、「生や全機現、死や全機現」とある。いつ、いかなる状況(生死)でも、十分に全力で働く、機能する(全機)という意味だ。まんかい鍼灸院の「まんかい」も、いつでも、自分を満開(全力)に発揮できるようにと言う意味を込めて作った。
それよりも、双雲の「いつでも何でもチャンス!」の方がもっと前向きで良い。彼のマインドセットは、「楽」で、プロになるに当たって、この一字を極めていこうと決心して書の世界に飛び込んだという。その通りに、終始にこにこと楽しい雰囲気だった。私も、全機にチャンスという意味を込めて行こう。
2016年3月25日