武道

連休は京都大会、大阪万博に参じる

もろもろ 武道

5月の連休は、毎年恒例の京都大会と55年ぶりの大阪万博に行ってきました。

 恒例とは言え、コロナと左半月板の損傷で、昨年は4年ぶりに参加した。練習も不足で恐る恐る、試合だけの参加で、全国から集まる八段の先生への朝稽古も、昼間の全国のいろんな剣道家達との稽古も無しだった。今年は、もう少しチャンとやりたいと、東京では稽古のレベルを少しづつ上げて、奄美に居る時は農道を走ってきたのだが、、。4月中旬に東京へ戻って、さあ稽古とを思った矢先に、ぎっくり腰になって、顔を洗うのも辛い。参加できないかと、泣きたい気分。鍼灸の研修所の後輩に鍼をしてもらって、何とか動ける所までは来たので、そのまま参加することにした。しかし、子供相手に2回稽古をしただけで、今年も、参加することだけに意義があるトホホな結果。最初のコテメンは良い感じだったが、ビデオを見ると、踏み込みが弱くて軽い、とても一本にはならない。
 稽古も出来ずに、仲間や先生方の試合を見取り稽古に終始。それでも、着いた5月2日の昼には、平安神宮そばの定宿から、近くの瓢亭(400年の歴史ある)で昼食を取り、京都が初めての仲間もいたので、そのまま、清水寺まで、観光客であふれかえっている中をぶらぶらと散歩。私以外にも足の悪い人が居たので、置いてけぼりを食わずにゆっくりと歩いて助かった。
 鍼灸の患者さんにはいつも、筋肉は強さと同時に柔らかさが必要と話していたのに、腰の硬いのを承知しながら、ぎっくり腰には20年前になってから無かったので、筋肉疲労は良いことと高をくくっていた。剣道だけで無く、身体の柔軟性と筋トレにも目を向けよう。

京都大会

京都大会

 5月3日は、いつも通りに大阪へ行き、従姉妹に鍼をして一杯やる。その前に、3月に連絡した時に、「せっかく大阪へ来るんなら、万博行ったらええやん」という言葉に午前中は万博へ行ってきた。京都から早立ちで、京阪線、谷町線 、中央線 と乗り継いで、 夢洲駅に。予約をする時に入場時間も指定する不思議な方式で、10:00予約で、40分前についた。早すぎたと思ったが、並んで動いている内に時間が過ぎた。11:00予約の人は、地べたで待ち行列だった。人が多くて、空港並みのチェックもあるので入場に時間がかかる。
 今回は予約必要や混んだパビリオンに行く気は無かったので、先ずは大屋根へ。2kmを2時間かけて、そろそろと歩いて上からパビリオンの全体や大阪の町並み、港や瀬戸内海を眺めて満足。

 小さな国も、自分たちの誇りとする文化伝統品を展示している。80億人からなる地球上の多様な人種民族の人たち、スタッフ、観光客、それを身近に見て感じるのも万博ならではだ。今回は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにして持続可能な社会を共創するというので、木造など自然を使った建屋が多い。45億年の地球の歴史から見れば、20万年足らずの人類が永続というのはおこがましいが、55年前の万博は高度成長期、青春期の日本だった、わずかの間にも大きな変化があった。変化を受け入れつつ、良い方向へ少しでも舵を切ろうという気持ちになるのも良いことだ。

大阪万博

 

大阪万博

 

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第17回碩山杯(奄美市太陽が丘総合公園体育館)

奄美 武道

 先日(12月1日)、奄美市笠利町太陽が丘総合公園で、碩山杯が有り、初めて、参加(見学)しました。
 碩山杯は、奄美の青少年に正しい剣道を通じて、人間性豊かな成長を願い、笠利出身の碩山先生が始めた、奄美で一番大きな剣道大会です。碩山先生が東京警視庁に奉職していた関係で、警察の剣道関係者が指導に来ています。また、私が本社地区(港区)へ転勤する前(かなり前、…)に、東京港区でも稽古・指導をしていた関係から、港区で稽古をしている多くの剣道人も手弁当で参加、顔見知りも来ていました。
 前日には練習会もあり、警視庁の権瓶八段が基本の指導を行った。私も、子供達の稽古の元立ちになり、良い汗を流した。3年以上の膝の故障上がりの身として、大事を取って大人との稽古は止めたが、翌日は痛みがあり、まだまだ激しい稽古は無理と思った。
 以前よりも参加者が減ったそうだが、複数の学校から混成でチームを作ったり、奄美全体で一体となった大会だ。2会場で小中学生の団体戦、個人戦から一般まで元気いっぱい、熱の入った試合が展開された。

碩山杯 集合写真、小学生試合

碩山杯 中学生、一般試合

5年ぶりに京都大会に参加

奄美 武道

 5月の連休は、5年ぶりに京都大会に参加した。コロナと左膝半月板の損傷で、ご無沙汰していた京都へ漸く行けた。わずか1分半だが、六段錬士以上から八段範士まで全国から参集して、伝統ある武徳殿で、立ち会えるのは感慨ひとしおだ。

202405京都大会立合い

 かっては1日早く来て観光をしたが、今回は歩き回るのは控えて近くを散歩した。それでも、宿近くの南禅寺で、昼に湯豆腐、夜ににしんそばと京都の空気を味わった。半日は、タクシーで、京都国立博物館で開催している雪舟展を見学できた。雪舟が日本画の巨大な流れの中心として多くの画家に敬愛され、引き継がれたことがわかった。

202405京都大会 南禅寺 湯豆腐 にしんそば 雪舟伝説展

 ビデオを見ると身体が出ていない。今は奄美大島に来ているので、まっすぐのたんぼ道を走り、砂浜をダッシュまで持ち込んで、6月半ばに東京へ戻ったときは本格的に地稽古をしたい。

202405京都大会反省 田んぼを走り、砂浜をダッシュ

手術から半年、新築の体育館で筋トレ開始

もろもろ 武道

 手術から半年、もう剣道再開をしている見込みだったが、それは甘かった。まだ、階段と人混みは杖がないと心細い。それでも、平地や坂道は杖無しで歩けるようになったので、一ケ月ほど前から、ジムへ行って筋トレを始めた。
 ちょうど、今年の4月に南平に市の体育館が新築完成して、以前とは段違いのしゃれた中身になり、しかもトレーニングルームも二階に用意されたので、これ幸いと一日おきに休まず通い出した。

南平体育館トレーニングルーム

 初めてジムで筋トレをやったが、なかなか面白い。600もある筋肉を部位別に鍛えることができる(主な部位だけだが)。しかも、ウェートを細かく設定できるので、自分の強さ弱さがよくわかる。特に内転筋やハムストリングが特に左が弱い。一ケ月続けて、筋肉のかけらが着いてきた感じがする。

筋肉のかけらがついた

 さらに、歩行マシンがあって、時速3kmから初めて、5kmまで来た。必死になって、10分間やっとだが、これで、「青信号で渡っちゃいけない、お爺さん」を返上できそうだ。退院して、初めての外出で近所の短い交差点を渡ろうとしたら、途中で点滅、赤になってしまった。焦って、急ごうとしても足が痛くてスピードアップできない。笑い話に聞いていた、お爺さんになっていた。青信号でも渡らずに、赤信号を待ち、次の青に切り替わった瞬間に渡りだして、やっと渡りきる頃には点滅している。半年情けない思いをしたが、時速5kmなら、途中からでも渡れそう。
 早ければ10月、遅くても11月からは剣道再開と思ったが、今の状況からは、11月から基本稽古、年明けから地稽古が良いところだ。手応えを感じるので、やり過ぎて壊さないようにと自戒しつつ、これから段々とピッチを上げて行けそうな気がする。

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