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チームワーク 絆

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◎ビル風に立ち向かう樹木、新宿サザンテラスにて

 今まで何度も通っていて気づかなかった。
何でロープで縛ってあるんだろうといぶかしく思ったこともあったが、今日になって、ふと気づいた。

ビル風に立ち向かう樹木1
ビル風に立ち向かう樹木2

甥っ子への手紙

もろもろ 奄美 武道 鍼灸

今はもう誰でも認める社会的地位の職業についている甥っ子に、誰も注意してくれないだろうから、叔父としてお願いの手紙を書いた。
私と同じ後悔をして欲しくないと思って。

昔、子供の頃、母方の祖父が偶に家へ来て所在なげにお茶を飲んでいるのを見た。用事もないのに何をしているんだろうと思ったが今なら、わかる。私たち孫に会いに来たのだ。当時は気の利かない、愛想のない子供(孫)だった。私も一人暮らしで、更にコロナウィルスで、自宅引きこもりで、孤独に強いと思っていたが、子供や孫の電話に癒される。

このメッセージを読んだ方で、今、両親や祖父母と離れて暮らしている人は是非、電話をかけて欲しい。テレビ電話なら。尚良い。海外にいても、LINEやZoomなら、電話料金はさほどかからない。
そう思い、手紙を公開することにした。甥っ子にも思いが素直に伝わるように願っている。

 拝啓
普段なら新緑の心地よい時節ながら、新型コロナウィルスで騒然としています。いかがお過ごしでしょうか。
 突然の手紙で失礼します。私は、あなたの母親の従兄弟で△△と申します。1970年代に名古屋大学の学生の頃、春夏の休暇には、大阪で泊めて貰い、船で奄美へ帰省していました。まだ、あなたは小学校前でしたでしょうか、大阪城へ弟たちも含めて行った写真が残っています。

 私は、大学を卒業してから、NECに就職して、東京でコンピュータソフトウェアの開発をしてきました。定年前に早期退職をして、鍼灸師となり、今は新宿で鍼灸院を開いています。大学から始めた剣道を今も続けていて、毎年、5月には京都で、全国の剣道祭があり参加をしています。その際に、大阪へ出向き、○○姉(あなたの母親)が痛いという膝や腰に鍼をした後、京橋で軽く二人で飲み、私は京都の宿へ帰るのを常としています。今年は中止になりましたが、先ほど、電話で話して、来年は元気に会いましょうと約しました。

 手紙を差し上げたのは、お願いの儀があってです。電話で、あなたから連絡が無くて医療従事者で大変なのだろうが、大丈夫かと心配をしていました。『お忙しいと思いますが、1週間に5分で良いので、母親のために時間を割いて、電話をして頂けませんでしょうか』。家庭の事情もわからず、差し出がましいようですが、是非お願いします。

 実は、私には今も後悔していることがあります。1996年夏に祖父の13回忌で帰省をする10日前に実家へ電話をした時に、母から、「電話で話したら会ったような気がするよ」と言われました。弟や妹の結婚式で帰省していたのも一段落して、数年会っていませんでした。私も筆無精、電話も余りかけていませんでした。その時は、もうすぐ会えるよと簡単に答えたのですが、…。帰省の1週間前に母は突然、亡くなってしまいました。前から、ほとんどベッドで暮らしている状況でしたが、今日明日に亡くなるとは思えませんでした。葬儀が済んでから、「電話で話したら会ったような気がするよ」というのが遺言のように思えて、それから、毎週、父に電話をするようにしました。電話をしても直ぐに切るので、さしてうれしくもないのかと思っていたが、偶に忘れると妹に、今週は私から電話がなかったとこぼしていたそうです。その父も、もう亡くなりましたが、少しは母への償いができたと思っています。

 このお願いは、前から何度も考えながら手紙を出せずにいました。特に、一昨年は、その前の暮れに○○姉がヘルパーで長くお世話をしていた夫婦が相次いで亡くなり、その心痛と膝も相当に悪くて、本当に辛そうでした。昨年会った時は、今年はもう会えないかもと思っていたと言っていました。幸い、昨年は、かなり元気を回復していました。しかし、今は、新型コロナウィルスによる外出自粛要請で、あの狭い部屋に引きこもっています。私も、子供が独立して、連れ合いが亡くなり、一人暮らしです。普段なら、剣道や出歩くことも多いのですが、今は一人引きこもりで、子供や孫とたまに(テレビ)電話で話すのが慰めです。

 ご承知のように、新型コロナウィルスに感染、重症化すると面会もできません、万一亡くなっても、葬儀もできません。
 京都の剣道祭の折に、大阪まで足を伸ばすようになったのは、2013年の暮れに東京で働いていた年下の従兄弟が亡くなり、明けた2月には、あなたの母の姉が亡くなったのがきっかけです。人の生死はいつとわかりません、会える内に会っておこうと思い、毎年、訪ねるようになりました。

 広い部屋をプレゼントして欲しいとは申しません。『忙しいでしょうが、1週間に5分の時間を母親のためにとって、電話をして頂けないでしょうか』。それは、あなたの励ましや慰めにもなると思います。ご検討を切にお願いします。
                                  敬具
   2020年5月3日                       △△

  □□様

代々木公園の花見も自粛に(コロナウィルス)

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ここのところ、剣道も、坐禅会も、コンサートも何もかも中止。それで、ぼちぼちと代々木公園までジョギングをしています。

代々木公園の梅は終わりに、花から葉へ…。
次は桜、つぼみがついています。
花見の準備、大きなゴミ箱を設置しています、…、自粛ムードの中をやるのか!
(禁止してもやる人が居るから、ゴミ箱を用意したか)

202003代々木公園 梅から桜へ

数日後、やはり、飲食を伴う宴会を控え、ゴミ箱使用中止に。
しかし、粋な計らいも。
家族で弁当を広げながら花見をするのまで控えてとは申しません、…と。

202003代々木公園 桜花見は自粛へ

ベートーヴェンPf奏鳴曲 特集

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フランソワ=フレデリック・ギィによる全32曲演奏シリーズが武蔵野市民文化会館 小ホールで始まった。
先週の土曜日に2ステージ、日曜日に1ステージのパターンで、3週連続9回の演奏会。
第1番 ヘ短調 Op.2-1から、舞台にすーっと出てきて坐るや、いきなり弾き出した。
その調子で、1回目は、第3番 ハ長調 Op.2-3まで。たっぷり聴けるというので、こちらもリラックス、…。2回目まで、3時間もあるので、駅前まで歩いて、喫茶店にこもって、軽い夕食とコーヒーで粘って読書。続けて第二回は5番から6番まで。
日を改めて日曜日、3回目は9,4,10,8番。なぜか、当日に9と4が入れ替わった。
全曲、さらりと始まったが、最後の第8番 ハ短調「悲愴」 Op.13 だけは、坐って、一呼吸、気持ちを集中させてから弾き出した。気持ちの入り方が違っていた。何か乗り移ったような気がこちらまで伝わってくる。やはり、名曲だと思わせる、一番の感動であった。

20191123~1208 フランソワ=フレデリック・ギイ ベートーヴェンPfソナタ全曲演奏会

直ぐ土日が控えている。これから、どんどんよく知った名曲が出てくる。贅沢な3週間だ。

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