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試し斬り

もろもろ 武道

真剣による試し斬りができる道場が都内にあるというので、友人と4人で行ってきた。
古い畳表を水に濡らし硬く捲いて立てたものを斬る。
初めての真剣だったが、思いの外簡単に斬れた。とは言え、難しいところ、微妙、精妙なところもよく分かった。

動画をFacebookにアップしました。
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初めは居合い用の模擬刀で袈裟斬りに4,5分素振りをしてひゅっと音が出るようにする。意外と出なかったりする。刃筋が横になるとブーンという音になり、スピードがないと音がしない。力任せでもスピードが出るのではなく、力を抜いて下ではなく前に出して最後は手前に引く。まっすぐに振り下ろすなら、4人とも、いい音がするが袈裟になると結構難しい。

剣道の押し切りと真剣による引き切りの違いがある。

上の方から段々に斬って、半分以下になったら、取っ替えてもう一度斬らせてくれる。最後には、半分以下になった二つをくっつけて斬る。これはふたつをがっちりと巻き付けてやるのかと思ったら、斜めになった切り口を併せて輪ゴムで止めるだけ。これで斬れるのか?

やってみたら斬れました。しかも、上に残ったものは輪ゴムで止めただけなのにそのままです。いかに日本刀が斬れるか。しかし、少し刃筋が横になると斬れても上の残りも吹っ飛びます。また斬れずに上に継いだ全体が吹っ飛んだりします。

見事に斬れると、すっと直ぐ横に切られた上の部分が落ちます。

道場主が、これは良いと切り口を見て誉めてくれて、みんなにも見せた後、続けてやったら、斬れたがずっと横へ飛んでいった。ちょっとした心の乱れが刃筋、振り下ろしに影響する。実に精妙なものだ。斬れずにはまると、どんどん斬れなくなり、刀が食い込んでしまうこともあるという。

最後は、短くなったものを斬る。低い高さを斬るには少し腰を落として振り下ろす。これがなかなか難しい。体のバランス、力、気の入れ方が変わる。斬れても良い手応えではなかった。一度、全然引っかかりが無くてすっと斬れた! と思ったら、空振りをしていた。立った巻物を斬るのに空振りするとは思わなかった。腰を沈めて斬ると言うことは普段無いので、自然腰が高くなったのだと思う。しかし、あの振りは良かった。あの感触で斬れたら良い。

もう一つ失敗は、刃先が床まで斬ったことだ。引ききって、最後に止めようという意識が働くと、どうしても切り口がきれいにならない、遠くに投げて引き戻す(これは剣道でも釣り竿を投げるような感覚として教えがある)。そう考えてやったら、すっと斬れたが、最後にちょっと違う手応えがあった。床を刃先が少し斬った。がちんと言うのではなく、よく斬れる包丁で魚をすっと切り身にしたときのような手応え。畳から板への斬り応えが、言ってみれば、皮肉から続けて骨を斬ったような感覚かと思われる。床板へすっと切り込んだ感触が刃筋通った斬りの感触として印象的に、手の内に残っている。

使った真剣は現代刀で20年くらい使っていると言う。素人に実際に斬らせているので、微妙に波打っている。刃紋も鍔元以外は無くなっている。しかし、研ぎにも出しているというので、よく斬れる。重いが、手に持った感触はよい、袈裟に切り下ろすだけだったので重いという感じはなかった。

今回は初めてなので、袈裟斬りだけだったが、稽古を重ねると、水平斬り、逆袈裟斬りに進むという。さらに、連続斬り、複数の立ちものを斬る、宙に浮かしたものを斬るというように何段階かあるようだ。

興味を持たれた方は、「正柳館」を検索してみると出てきます(http://www.seiryu-kan.com/sizanpage/tameshigiri.html)。素人の方にも教えてその場で直ぐに斬らせてくれるそうです。剣道や居合いをやったことのない素人の方が、癖が無くて、意外にすっと斬れたりするとのことでした。

(http://www.seiryu-kan.com/sizanpage/tameshigiri.html)

試し斬りも、剣道や鍼灸の鍼も力を抜いて、足と丹田に気を込めて手を使う技として共通なところがあると感じた。

皇居ラン三たび 第4回 WALK & RUN フェスタ

IT もろもろ 鍼灸

皇居ラン三たび 東京都中小企業診断士協会主催 第4回 WALK & RUN フェスタ

 三度目の皇居ランに挑戦しました。そもそものきっかけは、このイベントへの申込から始まった。

 先日のランで、完走できる目処はついていたが、当日、組み分けを聞くと走るか歩くかではなく、なんと、2周する早い組と遅い組、1周だけの組とウォーキングの4組に分かれるという。遅い組が1周32分とか、…、あの私は50分なのですが、…。

 ウォーキングがよいかどうしようかと実行委員に聞いてみました。全く相手にされないと思いきや、2周するのですか?と聞かれて、とんでもない、1周だけですが、足切りとあるのですか?というと、全体で1時間あるから、その間に帰ってくればよいとのこと。それなら、ウォーキングよりも走った方がよい。

 実行委員が先導をして走り出す。1週組は皆遅いようなことを言っていたが、結構快調なペースで走る。私も必死について行く。途中で写真を撮ったり、休みたいが、一度止まると、追いつける気がしないので、ひたすら走る。
 
 雨の予報は外れて、薄日もさしてきて、暑い。手ぬぐいで顔を拭いつつ、完走。40分を切った。威張れる数字ではないが、大勢で走れば結構行けるもんだ。

 シャワーを浴びて、懇親会。こっちが本番(みんなも同意見)。ほぼ全員、30人以上が乾杯をした。20秒スピーチ。皆さん診断士なので、手際よく自己紹介をする。私は、ITコンサルをできる鍼灸師としてユニークさで結構受けました。3時間の歓談もあっという間に過ぎて、楽しい一日であった。

 診断士の中に、マラソン同好会があって、フルマラソンや100kmマラソンに出場したという強者もいる。日頃剣道や太極拳をやっているが、足が遅いというのはそれほど気にしていなかった。しかし、足の力は、全ての運動の基本だから、走り込みをした方がいいと思い直した。

 次の日も膝の痛みはなく快調、ただ筋肉痛と二日酔いが残った。

皇居ラン再び-膝の痛み無し、でも遅い! 海老天丼、古本祭り

もろもろ 鍼灸

皇居ラン再び(1)-膝の痛み無し、でも遅い!

皇居ランに再挑戦した。
今度は、神保町のサクラカフェというランステを使った。
ここは実態はバックパッカーなどが利用する割安のサクラホテルだ。各階に共同の洗面所とシャワー室がある。そのシャワー室が着替えとランニング後のシャワーに使える。荷物はフロントで預ける。
アディダスのランステと比べると、走ることに専門化したトレーニングなどはないが、ふだん空いている設備を有効利用する形で料金が安くなっている。朝のモーニングもカフェで取れるので、事業的には上手く設計されている。

今回は、迷子にならないように(^_^)、昼間に走った。順調に1周したが、抜かれるだけで抜けない。最後にやっと一人を抜いた、結構気持ちよいものだ。それでも、直ぐに終点だったから良かったが、もっと走っていたら抜き返されたかも。結局、50分かかった。普通、初心者でも、30~35分らしい。友人には、歩いたの?と言われたが、全部走りました。この調子では、来週、東京都中小企業診断士協会主催の「第4回WALK&RUNフェスタ2013」には、ランではなくウォークの方に変更した方がよいかも知れない、…。

今回の成果は、時間よりも膝の痛みが出なかったこと。走り方も気をつけたが、再発をしなかったということに安心した。鍼灸の効果を再認識できた。お灸の後も写真のように随分と薄くなった。

皇居ラン再び(2)-シャワーを浴びて、海老天丼

シャワーを浴びて、良い気分で外に出ると、ちょうど古本祭りをしていた。今日は、小銭入れに1万円札1枚つっ込んだだけなので、そうそう高い買い物もできないが、ぶらぶらと見るには良いだろう。その前に腹ごしらえ。この辺に来るといつも利用するエビの天ぷらが安くて美味しい店で、先に自動販売機でチケットを購入する。

…、財布がない!! 上着のポケット、ルックザックをひっくり返して中の荷物を全部出してみたが無い。先のランステでは、預かった荷物を名前を聞いただけで、隣の部屋へ放り込んでいたが、「抜かれたか?}、いやいや、財布はルックザックに入れてしょって走った、…。いろいろ考えたが、シャワー室で落とした可能性が高い。嫌な気持ちで、サクラカフェへ戻って、財布を落としたらしいからシャワー室を調べさせて欲しいと言ったら、どうぞと。シャワー室へ行きかけたら、どんな財布と尋ねてくる。かくかくしかじかというと、これですかと出してきた。それだ!早く言ってくれと思ったが、先方としてはどのシャワー室へ行くかを確認してから話したのだろう。よく戻ってきた、気持ちが晴れ晴れとした。現金なものである。

お店は神保町というより、九段下に近く、古くから京都産の竹刀を扱っている武道具店「陽明堂」の隣だ。写真のように、小振りだがエビがてんこ盛りになっている。さらに、ご飯の下にもエビがいくつも隠れている。腹一杯になって、古本祭りへ。

皇居ラン再び(3)-神保町古本祭り

さすが神保町、歩道も含めて店の先もずらりと本が何十軒と並ぶ。
道路前の箱に積まれている中に、神谷美恵子のエッセーがあった。彼女は、精神科医で、最近世界遺産に登録しようという報道もされた瀬戸内海のハンセン病患者を隔離した施設で、キリスト教徒的人道的な仕事をした。そのことを書いた「生きがいについて」を若い頃に読んで感動した記憶がよみがえって、つい買ってしまった。他には、鍼灸師として「気」に関する本や、京大式カードでお世話になった梅棹忠夫が若い頃に東南アジアの人類学調査をした本、仏像や街道の写真本を買って帰った。写真集は重い。

エッセーは、彼女の人柄のよく分かる文章で、さっと読んでしまうのが惜しい。少しづつ読みたい。いくつか内容を紹介すると、
(1)(最初が、小学生時分に外交官の父と共にスイスへ行き、ジャン・ジャック・ルソー研究所、当時はジャン・ピアジェが所長という研究所付属の小学校に転入した。)
小学生25人が一部屋で、一人一人に違う授業であり、絵とフランス語のカルタを与えられて、最初は何も教えられず、自分でめくって適当に発音を思いめぐらしているだけ。本当の発音を知りたくてじりじりしてくる。その頃に、先生が回ってきて教えてくださる。その喜び。万事がこんな風だった。

想像力は創造力に通じるだけでなく、自発的な好奇心とか他人の心への思いやりの基盤ともなり、さらには、人間を超えるものについての感覚-敬虔と畏れ-と培うものであろう。

ある時、白系ロシア人の痩せた、いつも寒そうにしている少年が私の隣のベンチに腰掛けて、私のおやつの水蜜桃をしげしげと眺めていた。やがて、僕にその皮を下さいという。実の方がおいしいんじゃない、実をあげましょうと言ったが。いや、僕は皮の方が好きなんだ、と断固と言われた。彼は皮を美味しそうに食べた。でもやっぱり実の方が好きだったのではないか、このことは後まで心にしこりを残した。それ以来、貧富の差とか人の自尊心など、それまで考えてもみなった事柄が心に大きな場所を締めるようになった。

#この発想が、後世ハンセン病棟で働くきっかけにもなったのだろう。相手に負担にならないように、人に助けを施すというのは難しいものだ。だから、逆にインドなどでは、富者が行う布施に対して贖罪の機会を与えてやったと、貧者の方が大いばりで布施を受け取ることもあるという。

(2)(育児日記から、戦後直ぐのものがない時期に早産の長男を抱えて苦闘しつつ、研究者の観点も含めて丁寧な日記を書いていたという。)
何から何まで近所の奥様の親身のお世話にすがってどうにかその場をしのいだものの、果たしてこの小さな皺だらけの赤ん坊が無事に育つものか。

傍らには身内も手伝いも誰もいない、ただ初めて親になった主人と私だけ。私は全てをなげうって、全力を尽くして、この月足らずの子の生命を守ろうと必死の覚悟を決めた。

乏しい中でも、子供は日に日に成長していく。そのめざましい跡を日記の中でたどっていくのは大きな楽しみであり、励ましであった。

(次男の日記も含めて)、今にこの二人が成人して親の手を離れていくとき、この日記は母からのよい贈り物となるであろう。たとえそれがどんなに不備なものであってもいい、そこには母とみどり児との間に営まれた日々の生活の人知れぬ悦びと感謝の思いがどのページにも染み渡っている。

#言葉づかいの一つ一つに、著者の人となり、心映えが現れている。

究極のワンストップサービス

もろもろ

イギリスの福祉を『ゆりかごから墓場まで』というが、…。

私は、生まれる前の『不妊治療』から始まり、産まれたら小児はりで0歳児から、大人になり、死ぬまで鍼と経営・ITコンサルテーションで手助けします、さらに死んでも坐禅会の知り合いのお坊さんやミッションスクールの同級生だったイエズズ教会の神父さんに葬式を上げてもらえます。

つまり、イギリスの一つ上をゆく「究極のワンストップサービス」によるお手伝いをみなさんに提供できます。

不妊治療の前のカップルを作る方法もコーチングや美容鍼を使って致します。
(これは、只今独身の私にも誰か教えてほしい、只今、恋人募集中です、…。冗談です、私にはかわいい恋人が二人もいます。まだ、5歳と2歳ですが)

※これはショートショートジョークです(冗談交じりの本当)

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