クリスマスプレゼント?…奄美群島復帰

奄美

日本が第二次大戦で敗戦となり、沖縄が長く米国の信託統治下にあったことは、皆さんご存じだと思います。奄美大島も同時に米国の統治する所となったのをご存じの方は少ないのでは,…。今日(2013/12/24)のNHKニュースウオッチ9で取り上げていましたが。日本に返還されたのは、1953年12月25日です。

このとき、朝鮮戦争終結交渉の帰途日本に立ち寄ったダレス国務長官は「少し早いクリスマスプレゼント」と称したそうです。釈然としないところもありますが、熱心な復帰運動を行った先輩達により、早期の復帰が可能となった由、聞いています。

奄美群島は、奄美大島本島以外に、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島の5つからなっています。それで群島と呼ばれました。

母から聞いた話では、戦争末期には、地上戦こそ無かったが、空襲だけではなく、軍艦からの艦砲射撃もあり、畑にいて山の中を逃げまわったこともあると言います。危うく戦場となるところでした。米軍の発行したB円というのを子どもの時に見た記憶があります。

 
奄美復帰60周年 文化芸能祭
今年は、その復帰60周年という事で、あちこちで祝賀会がありました。東京でも、10月6日(日)に渋谷公会堂で記念式典と文化芸能祭が催されました。芸能の島らしく、日本民謡日本一になった何人もの唄者による島唄や踊り、それに若手の島唄やニューミュージックも興味深いものでした。何と言っても、三沢あけみによる「島のブルース」を生で聞けたのが良かったです。彼女は、奄美が第二の故郷というように、この歌で歌謡界で不動の地位を築き、長く歌い継いでいます。三味線、島唄とフルートの共演も幻想的ですばらしかった。

« »